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2013年5月19日 (日)

ラジオ

ほとんど毎日ラジオを友に生活している。
昔はFMを聴いていた。 今は家にいる時はAMばかり聴いている。
大分前は文化放送を聴いていたがある番組が終了してからはずっとTBSに
落ち着いている。 朝は’聴く朝刊’森本毅朗さんのスタンバイ、夕方は’聴く夕刊’
荒川強啓デイキャッチ。  それに曜日で聴きたい放送を逃さないように録音
して聴く。 夜中の番組もあるからだ。
その中で土曜日夕方6時からの竹下景子が案内する「読み語り」の番組
司馬遼太郎短編集がある。 読み手は話によって変わる。 今「人斬り以蔵」
が7回目を終えた。 短編集は時代物ばかりで歴史にうとい私は物語を楽しんで
聴いている。
ただ今回の「以蔵」は思わず仕込んでいる(ジャム)手を止めてしまう。
実在の人物とはいえ資料に肉付けし、作品として仕上げてあるのでこれは’司馬
遼太郎の’「以蔵」で必ずしも史実と一致しない。
当時の激しい身分制度故に鬱屈した気持ちが’人斬り’に向かっていった。 と
いうのだがそれにしてもその人斬りの描写がすさまじい。 同士がうまくいかな
かったのを以蔵が再度斬るその場面 切られた骨の断面の滑らかさ 以蔵の腕
を物語るそれは私の頭の中に凄惨に拡がる。 そして一度人を殺した快感が
忘れられずそれを繰り返すと綴る。 人を殺す快感って...
来週は8回目最終回。 以蔵のことを調べてみたので結末は予測出来る。
彼が’犬のように’ついてきた武市半平太 彼の残っている写真を見る。 どうにも
生理的に受け付けない顔だ。 以蔵を犬のように扱い続け、身を守るため簡単に
葬り去ろうととし、結果自分の命を終わらせることになる。 
以蔵はさらし首に、武市は切腹。 ウィキペディアは「武市の切腹は見事なもの
だった」 という。
今の時代はそういう時代を経てのものなんだと大きくため息をつく。
 

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