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2013年6月

2013年6月30日 (日)

草取り-2

二回目の草取りをした。 どうしてこうもというぐらい雑草は勢いがいい。 あっと
いうまに庭は緑で覆い尽くされる。 草取りをしていると今回もみみずが出てくる。
前回は何かの幼虫がたくさん根元に付いて出てきた。 これは毎年のこと。
それで毎回思い出すことがある。 まだ小学生くらいの時だったか実家の隣の家
は庭の草が生えるのを異常に嫌っていてすべて抜き取り、さらに何とくぎ抜きまで
使って細かい草を抜いていた。
父は草も生えない庭なんてだめなんだよ、と言っていた。
やがてそのお隣は土がつるつるで水を吸い込まない庭になっていた。 あれには
驚いた。 雑草の根が土を通気性のよい状態に保っていてくれるらしい。 畑だと
よくみみずが出るのはよい畑と言われる。 みみずも上下に動き土をふかふかに
するらしい。 さらにかれらの糞がいい土にしてくれるらしい。
草を抜いてみみずが顔を出すと一瞬うっとなるが見ないようにして次に進む。 
うちの庭もなかなかいい土のようだ。 何でも育つのはそのためかな。 畑は
やらないが当分はがんばるか。

作業も終わりかけたあたりでお隣の方が声をかけてくれた。 小さなかわいい花
をつけた草を庭から引き抜いて持ってきてくれた。 何でもこの草は繁ってくると
他の雑草が生えなくなるというのです。 それはありがたいな、といただいて各所
に植えてみた。 ただ何となく違和感が残る。 よく聞く外来種の生物がもともと
いた日本古来の種を駆逐していつの間にかはびこってしまい悩みの種、というのに
似ていないか? 楽になるのはありがたいし、見たところ愛らしい草なのだが…
少し様子を見てみることにはしたが、どうなのだろうの疑問は消えない。
 

  
 

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2013年6月12日 (水)

自然農  061213

つくいち仲間に自然農の生産者 つくし農園の小松さんがいる。 またそれを
販売する直売所の近江屋の山口さんがいる。 山口さん自身も畑を持っている。

ポラン広場で有機農業のことは大分知ることが出来た。 自然農については
不耕起ということくらいしかよく知らなかった。
近江屋さんが開業してからお店に伺う機会が増え、お店の展示物を興味を
もって見ることが出来る。 その中につくし農園のものがあり、自然農の作物
とそれ以外のものとの比較実験があった。 びんの中に作物をいれて放置し
経過を見る。 結果 自然農のびんの中身は「枯れる」、一方は「腐る」。

自然農は肥料もやらないから土の栄養だけで育つ。 もちろん化学的な物は
使わない。 そこは有機農業と同じだが肥料は使う。 特に肥料に動物系の
ものを使った時「腐る」臭いがすごい。
これを見た時 作物によって食べてにおいが気になることがあったのはこれ
だったのか、と思った。 聞いてみると土の成分をありったけ吸う作物もある
らしい。 それから自然農にぐんと関心が傾いた。

 
並んでいる野菜の外見にさほど差が無いものもあれば、大きく差があるものも
ある。 気持ちの差もあるのかもしれないが余計な味が加わってないそのもの
を味わえる気がする。 旨い、と思う。

季節屋では枝豆のジャムは小松さんの枝豆で作る。 初めて作ってから毎年
欠かせない。 自然農の枝豆は一般の時期より大分遅い。 今年も心待ちに
している。 今年(2013
)から桑の実も新たに加わった。 
いちじくは昨年山口さんから分けてもらった。 今年も期待している。

作り手は大変な苦労をしているはずで、ただ食べるだけの私とは大違い。
ただただありがたくいただいている。

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2つの死

’「いつか」は無い’で書いた義理の姉の父親の葬儀の後やっと墓参りが出来た。
冷えたビールも娘が墓前に供えることが出来た。

葬儀のあと斎場で飾った花輪などの中の詰め物を皆で分けたものを私までその
一員にしてくれたらしく名前が付いた袋を義姉が届けてくれた。  そのお礼も
あって電話をかけた。  電話に出たのは義姉の兄(義兄)だった。 電話の向こう
で「いいじいさんだったけどな」と言った。 
私の父は敵も多いが味方も多い、という人だった。  亡くなった後で実の息子から
’いいじいさん’と呼ばれるのを聞いて私もしみじみ「本当にいいじいさんだった」と
思った。

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飼い猫が死んだ。 家で生まれた4匹の猫の最後に残った1匹が死んでしまった。
うちにいる犬も猫も皆娘が連れてきたものだ。
子猫は生まれたのを見たらかわいくてよそにあげるなんて絶対嫌、と思った。
オスが3匹メスが1匹。 メスは一番ちいさくて母猫にべったりだった。 乳離れを
待って避妊手術を受けさせようと車に乗せたがかごから逃げ出して行方不明に
なってしまった。 とてもかわいそうなことをした、と今でも悔やんでいる。
母親がいなくなってからこのメスの猫は私のところに来るようになった。 あまり
人になじまない猫で娘にさえめったに寄っていかなかった。 
急にものを食べなくなっていろいろ試したが食べようとしなかった。 娘が缶詰なら
食べるかもしれない、と言うので買ってみたら確かにちょっと食べた。 しめた、と
思ったがそれも最初だけだった。 食べてもスプーンに1杯だけ。 猫は口を開けて
冷蔵庫に入れておいたものはあまり食べようとしない。 だから食べなかった分は
他の猫と犬にやることにして新しく封を切ってみてももう食べようとしなかった。
緩和医療の医師の話を聞いた時から「してほしくない」ことを無理強いすることは
すまい、と決めていたからあえて辛そうなことはしないでいた。 
わずかに水を飲んでいただけで3週間ほども生きた。 いつの間にか外に出ていて
よく歩いて(段差もあるのに)いるなと驚いて見ていた。 力尽きた日の朝外にいる
のは危険だと思い中に入れた。 それからわずか1時間もしないうちに息を引き
取った。 娘も出勤前だったので見届けることが出来た。
生き物は飼うのはいいがこうして死を迎えるたび辛い思いをしなければいけない
のが嫌だ。 今回また庭に埋めてこの時期庭一面に白い花を咲かせているどくだみ
をありったけお墓に盛った。 お隣の赤いミントの花も飾り、手を合わせた。 娘の
帰りを待ってお線香を手向けた。 昨日また借りている家の草取りをしてやはり白い
どくだみを重ねた。 案の定今夜から雨。 あの強い香りがきっと役に立つ。
ずっといたのに姿が見えないのは淋しい。

 
 
 

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2013年6月 1日 (土)

「いつか」は無い

昨日お葬式があった。 義理の姉(といっても一つ年下だが)の父親が亡くなった。
具合が悪くなって透析を始めることになった、と聞いて一度会いに行かなくてはと
思いつつ何かと理由をつけ行かないでいた。 そして入院したと聞いて内心困った
と思った。 病気の人を見舞うのはとても苦手だ。 何と声をかけたらいいのか、
どうやって病室を後にするのか、いつも戸惑う。

兄のところには娘が二人いる。 私の娘もあわせてちょうど3歳くらいずつ離れて
いて小さい頃は3姉妹のように過ごしていた。  義姉は自分の実家に帰る時も
娘を一緒に連れて行ってくれた。 いつもおじいちゃん、おばあちゃんふたり共3人
を分け隔てなくかわいがってくれた。  娘もおじいちゃんが大好きだった。 静かな
人なのにとてもおもしろいことを言う人で「いい人」そのものだった。
亡くなったと聞いて ああ間に合わなかった、と本当に後悔した。 結局嫌なことから
逃げていてこんなことになってしまった。 会えばよかったとどんなに思ってももう
叶わない。

TBSラジオの大沢悠里さんがよく番組で「いつか」は無いですよ、旅でもしようかと
思ったらすぐ行かなきゃ一生行けないよ、と言っている。  
私もそう思う。 ○月○日は確実に来るけれど「いつか」はいつまでたっても来ない。
何でも見切り発車でやってきて結局はそれが正解。 最初の生徒(英語教室をやって
いた)、最初のお客様(ジャム屋開業)には後から思い起こせば申し訳ありません
でしたと謝らなくてはいけない状態でしたが、 完成を待ってずっと修行していたら
一生始まらなかった、と思う。 いつも勉強中。 このブログもやりたい!と始めて
しまった。 未だに写真を載せられないままでいる。 これは「いつか」ではなく解決に
むけてただ今進行中。 

お葬式には私も娘も何とか出席した。 ただ納骨には参加出来なかった。 だから
近いうちにまた伺おうと話し合っている。 今度こそ必ず。
 

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