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2014年3月 8日 (土)

続 漂流記

大黒屋光太夫とりあえず上巻は読み終えた。

驚いたのは漂流の末たどり着いたロシアで望郷の思いを持ちながら果たせず 生を
終えた日本人が多数いたことがわかった。 さらに皆ロシアの庇護を受け都をめざし
ながら移動し、途中どこかの地で留まりその地で亡くなっているのだが、あるところで
日本語学校が設立されていて、そこで漂流者たちが教師として迎えいれられていた
という事実だ。

まず光太夫が疑問に思ったのは自分たちが食事も住居も与えられているのが
誰の指示なのかということ。 そしてこれが国からの方針でそれが役人たちに
きちんと伝達されているということも判明する。

道中父が漂流者だったというその息子や娘たちに何人も出会う。 自分と同じ
漂流者がきっとあるはずとその時のために日本語で話が出来るようにと教え込まれ
ていて、光太夫のことを聞きつけて訪ねてきた折日本語で話しかけている。
そこで現地の女性と結婚し洗礼を受けていたのだ。 当時日本はキリシタン禁制の
時代。 キリスト教徒になるということは二度と日本の地は踏めないことを意味する。
帰国を願っても容れられず諦めここで一生を終えている。

おもしろいのは当時は藩制の時代でお国ことばで日本語を伝えていること。 そして
ロシアがそんな前から日本語学校まで作り日本語を学ぼうとしていること。 北方
領土はすでにその頃からの命題なのだ。 凍らない港が欲しかったということもよく
わかる。 日本のことはヤッポンスカヤという名で知られていたことがわかる。

まだ下巻を読んでいないので詳しくはわからないがどうも日本人のことは漂流者を
通じてすぐれた民族という認識があるらしく丁重に扱うという国(政府)の方針が
あるようだ。 彼らから出来るだけその知識を引き出しロシアの用に立てようという
ことのようだ。 だからおいそれとは帰さない。

光太夫はたまたま道中で中央と通じる人脈に巡り合う幸運に恵まれ文書で帰国の
願いを出すが、それでも果たせず結果単独で皇帝(女帝 エカテリーヌ)に会いに
行き、ついに願いがかない また果てしなく遠い道のりを経て江戸にたどり着く、と
聞いている。

とにかく酷寒の地と聞いてはいてもそのすさまじいまでの寒さとの戦い、また飢え
との戦い。 その中にあっても日本人である彼らは引率するロシア人達とほぼ
同列に篤く遇されるのだ。 ロシアの日本への関心の高さはちょっと普通では無い。

下巻すぐには手に入らなさそうで図書館に行ってみることにした。 すぐにでも
続きが読みたい。 

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