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2014年3月 4日 (火)

漂流記

少し前イベントで知り合った古本屋さんで吉村昭の「大黒屋光太夫」を見つけた。
作家吉村昭は一番好きな作家で(と豪語するほど読んではいないけれど)棚に
あったこの本はとてもきれいな状態の単行本。 なんと¥300! これなら買える!
とつい買ってしまった。 帰宅してからみたら”上巻”とあった。 その時くまなく棚を
見たはずなので”下巻”は無かったと思う。 何で片方だけなの?!

なかなか読めなかったがやっと読めるようになって ふと気づいた。 これもしかして
井上靖の「おろしや国粋夢譚」と同じ? 調べたら そうその通り、だった。

井上靖も大好きな作家でこの二人が同じ題材で作品を書いているとは! 知らな
かった。 吉村昭の冷徹な目とクリスタルのような歪みの無い透明で静かな筆。
井上靖は詩的で香りを運んでくる風のような文。 とても魅力的だ。

おろしや とはロシアのことである。 今から300年近く前三重の海岸から江戸へ
運ぶ荷を積んで出港した船が出港まもなく大しけに遭いアムチトカという島へ流れ
着き、そこからかずかずの苦難を経て当時のロシア皇帝に帰国を願い出て、許され
また長い年月を経て日本に帰国する実話をもとにした物語である。 当時船の上で
つけていた記録(日誌)と陳述記録が残されていたらしくそれらを元にして紡ぎ
だされたなまなましい話はあまりにも過酷であり想像を絶する。

シベリアのことは父から実際の話で聞いていたが、この主人公たちの住んでいた地と
あまりに違う酷寒の地でその冬の寒さは読んでいるだけで耐え難いものを感ずる。
なぜにこのようなところにまで人は住むのだろう? そして「生きる」ことへの強い意志
これなくしては再び帰国することはできなかったろう。 漂流それ自体が恐怖と不安の
塊でたどり着いた島は日本からははるか彼方で当時のこと、自分がどこに来たのか
さえ定かで無いことの恐怖感はないだろう。

帯にある: 梅の花咲く故郷を目指して  
  磯吉をカムチャッカに残さずこの地まで連れてこられたことを、光太夫は幸いだと
  思った。 「一緒に梅の咲く故郷へもどろう」光太夫は、眼をうるませて言った。
  磯吉は涙ぐんでうなずいていた。

梅の花咲くふるさと たとえようもなく懐かしい気持ちが伝わる。 シベリアにはたぶん
梅の咲く光景は無い。

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